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最高裁判所第三小法廷 平成5年(行ツ)47号 判決

広島県庄原市西本町二丁目一九番一号

上告人

有限会社伊達デパート

右代表者代表取締役

伊達

右訴訟代理人弁護士

椎木緑司

広島県庄原市三日市町六六七番地の五

被上告人

庄原税務署長 浦部善教

東京都千代田区霞が関三丁目一番一号

被上告人

国税不服審判所長 佐久間重吉

右両名指定代理人

中村和博

右当事者間の広島高等裁判所平成三年(行コ)第五号法人税額等の更正及び加算税の賦課処分の取消請求事件のついて、同裁判所が平成四年一二月一一日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人椎木緑司の上告理由について

原審の適法に確定した事実関係の下においては、所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨はいずれも採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 大野正男)

(平成五年(行ツ)第四七号上告人有限会社伊達デパート)

上告代理人椎木緑司の上告理由

○ 上告状記載の上告理由

一 第二審判決は著しい経験則違背、理論の矛盾、判断の漏脱その他多くの違法があり、到底破棄を免れないものと信ずるが、その詳細は追って上告理由書を提出してこれを明らかにする。

以上

○ 上告理由書記載の上告理由

第一点 法令の解釈・適用の誤り

一 原判決は、「役員報酬」は取締役の職務遂行の対価として支払われるもの(労務対価性)、「役員賞与」は取締役が企業の利益をあげた特別の功労に報いるため営業年度の利益から分与されるもの(利益配分性)と定義しながら、一方イ「業務執行の対価」(労務対価性)か利益処分(利益処分)かを区別し判断することは容易ではなく、ロ利益処分とすべきものを安易に報酬化することによって課税を免れることも考えられるため、法人税法第三五条四項の規定、すなわち、

「前三項に規定する賞与とは、役員又は使用人に対する臨時的な給与のうち、他に定期の給与を受けていない者に対し、継続して毎年所定の時期に定額を支給する旨の定めに基づいて支給されるもの、及び退職給与以外のものをいう」

は、役員報酬と役員賞与とを専ら「臨時的な給与」であるか否かという給与の支給形態ないし外形を基準として報酬と賞与を区別していると解されるのであり、職務遂行の対価性等の実質を区別の基準にする必要はないと解される旨判示している。

二 しかしながら、右解釈は著しく独断と偏見に満ち、その立法趣旨を逸脱し、前記定義と背理するものであり、またその適用についても極めて形式的・画一的で事案の真相を把握せず、厳格に失している。

第一に、イの「業務執行対価」と「利益処分」とを区別し判断するのは困難というのは、多くの専門家を配置し強力な調査権限を有する課税庁にそれができないと考えるのは、本質を抛棄するものである。

ましてや、ロのごとく利益処分を報酬化することによって脱税を計ることを防止するため、形式化・画一化し、具体的な職遂行性や対価性等の実質を全然区別の基準にする必要はないと断ずるに至っては、より一層本末を転倒していることが顕著であり、主権者たる国民を蔑視し、事前に屈服・服従させようとするもので、憲法の精神に違背し、少なくともこれに加担するものであり、明らかに違法である。

三 さらに原判決の具体的適用についてみると、昭和六〇年五月頃同年一月から三月分までの報酬増額分として一括支払をし、翌六一年四月頃同年一月から三月分までの報酬増額分として一括して支払ったとし、この一事をもって臨時な給与とし、増額した取締役報酬がその後支払い続けられていることは、右認定・説示を左右するものではないし、従前年度途中に取締役報酬を増額したことがあったとしても右認定・説示を妨げるものではないと判示していることは重大な誤認であり、経験則に違背し法の解釈及び適用を誤ったものである。

かかる継続性・連続性こそ看過してはならない重要な点であり、本件の特色でもある。

四 そして右報酬の増額は予め当年度の株主総会において承認を得ている範囲内のものであり、それを機械的に翌日から直ちに実施しなかったことは上告人会社のように小規模の有限会社にとって止むを得ない必要性から生じたもので、大企業の場合とは、おのずから差異を生ずるのは当然であり、またその規模や経営の堅実性及び労働従事性からして労務対価及び生活維持の上からみてもこの報酬の増額は必要であり、自然的でもあって、これを資本対価の還元としての利益配分とみるのは不当である。

上告人会社は原判決理由1、2でいうように、昭和三五年設立された同族会社(有限会社)で、本店のほか各地に一四のジーンズ専門の店舗と役五〇名程度の従業員を擁し、伊達、同敏子(母)、同孝恵(妻)、石丸慶子(妹)は何れも組織上は取締役であるが、何れも本店で販売の業務に従事している常勤の勤労者であり、被傭従業員とは殆ど異ならない直接業務に従事し、これらの者の販売上の努力と手腕に大きく依存しており、かつこれのみによって生活費を維持している実情からして、当然然るべき労務対価としての報酬を受くべき筋合いの立場にあったものである。

五 そして上告人会社は銀行等からの融資等に依存して資金の調整をせず、なるべく自主財源に依存して堅実な経営を計ろうとし、「入るを計って出ずるを制する」という具体的・直接的なコントロールをしている特色を有している。

しかもその職種は計画性を有する製造工業等とは異なって、弾力性・非予測性が避けられない衣料品販売業であり、特にジーンズに専門性を待ち、デザインや人気・流行に多大な影響を受けるから、一年も前から正確に当該年度の景気状況をに予測することは極めて困難である。

従って、年度始めに当たって予め報酬増額の限度を総会の決議で設定し、具体的な時期と金額は、その変動状況が判明し、ある程度正確な傾向が把握できる段階で取締役会で決議決定することにし、本件はこれを実行実施したものに外ならず、本来は経営学的見地からいえば賞揚されるべきものである。

前掲判示2のように、過去もこの実体に即応して報酬も変動してきた。これ経営堅実の証拠である。

六 特に主力販売商品であるジーンズは極めて流行的デザイン的な、若者に人気のある商品で、着用が時期的な関係上季節的であり、しかも卸販売・専門販売となると、その先行性・先見性が必要となるから、大体秋頃までの売行販売状況をみて堅実に収入を予測し、支出を調整したのである。これは堅実な経営をし、赤字を出さない方針から出たもので、結局歴年度末に取締役会を開いて報酬の増額分を決議したのである。

そしてなおそれに相当する入金が直ちにあるわけではなく、多少遅れるため、四、五月に至って未払いの増額分を支給したに過ぎない。

これ、結局赤字を出さない経営の堅実性の結果であり、これは、最近の赤字倒産をしては第二会社を成立するような社会的に無責任な傾向に比し、大いに賞揚されるべき筋合いではあるまいか。

従って企業の実体を単に片面的・皮相的に見ることなく、深く全般を調整してその真相を把握すべきであり、それでこそ公平な課税が期せられるべきである。

これに反する前記「職務遂行の対価性等の実質」を考察する必要性はないとの論拠は極めて失当であり、違法である。

七 何れにしても、本件程度の報酬の増額は前記上告人会社の規模・営業実績等からして、至当かる自然的で、かつこれは他の一般従業員の給与上昇にも順応して決定されたもので、不当性はなく、また支給方法としても極めて内輪にかつ堅実な方法をとって支給されたものである。

従って、その表面的な形式のみ取り上げ、これを臨時的な利益配分とみなし、裏面の前記諸事情を配慮しなかった、原判決の態度は不当で過誤である。

つまり、利益配分ということは、本質的には株主に対する配当であり、それは従業員を含めた全企業の人的・物的総合力につき挙げ得た利益に対する投資還元であり、直接労務に対する対価ではない。

本件の対象四名は、もちろん出資者であり、取締役ではあるが、それは法人格取得のための機構上被せられた網であり、実質上は他の従業員と大差はない勤労者であって、他の労働者が給料といい、同人等が報酬といわれるだけであって、名目上の違いだけであって、実質は報酬も賞与も殆ど同一である。

この事実を原判決は軽々看過しており、日常経験則に違背し、到底棄却を免れない。

第二点経験則及び信義則違反

一 租税事件につき経験則が適用されるのは当然であるが、信義則についてこれが適用されるかは論議があったが、貴庁最高昭和六一年一〇月三〇日第三小判決(判例時報一二六二号九一頁)は右原則を適用する余地があることを判示している。

右第一審の福岡地裁は全面的に右原則を認め、

「事業所得の形式上の名義が、AからXにかわるだけで、その経営状態や帳簿書類の整備保存状態に何ら変化がない等の特段の事情がある場合には、青色申告書を提出するにつき、新たなX名義の承認申請をしなかったとしても、必ずしも青色申告制度の趣旨に背馳するとは考えられない。したがって課税庁がX名義の青色申告書による確定申告をいったん受理した以上、単に自己名義による新たな青色申告書提出について承認申請をしなかっただけで、右青色申告の効力をさかのぼって否認するのは信義則に反する」

とし、Xの請求を認容した(昭和五六・七・二〇訟二七巻一二号二三五一頁)が、第二審福岡高裁もこれを支持して、同様右原則を認め、「青色申告の承認申請の不存在を理由として、青色申告の効力を遡って否認したことは信義則に違反し許されない。」

と判示している。

ところが、第三審の右最高裁判決は右原判決を破棄し差戻したが、

「青色申告の承認は、課税手続上及び実体上種々の特典(租税優遇措置)を伴う特別の青色申告書により申告のできる法的地位ないし資格を納税者に付与する設権的処分の性質を有する。」

「租税法律関係においては、右(信義則)法理の適用については慎重でなければならず、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に、初めて右法理の適用の是非を考えるべきである。」

旨判示して、なお信義則の適用のある場合があることを示し、更に事実関係を審議するため、原審に差戻している。

二 本件は、本摘出年度前数年間に亘って同一方法による処理により損益計算して申告していたことを課税庁が承認しそれに対して何らの指導も更正もしないで経過してきたから、上告人においては当年度の処理に当たってもそれは当然認められると信頼して申告したものである。それを突然当年度経過後において遡って否認して更正決定し、さらに過少申告加算税を賦課することは、右原則に違背するものであり、違法で、破棄を免れないと信ずる。

すなわち、上告人としては前叙のように本件処理は堅実経営の努力の結果の象徴であり、決して税を免れるため計画したものでもなく、むしろ賞賛されこそすれ、非難されるべき筋合いはないと信じていたもので、若しそのような措置が妥当性を欠くもの、更正を受けるべきものとすれば、長期継続的納税者の立場として当然の、然るべき指導や助言があった筈である。徒に形式的・画一的・外形的な経営処理では変化に富む中小企業では成り立たないことを充分に理解されるべきで、原判決は日常経験則に違背し採証法則を誤ったもので、到底破棄を免れない。

三 なお、被上告人は御庁昭五七・七・八(一小)判決を引用して云々するが、右事案は本件事案とは著しく内容を異にし、類推されるべき資料とはなりえない。すなわち、

1 右事案は(前者という)は、東京都内で、食品の製造販売を目的とする中規模以上の株式会社で、(被告江東西税務署)あるに比し、本件(後者という)は片田舎の庄原である家族形態の有限会社に過ぎず、前者は画一的、典型的な組織形態を取り得るが、後者は全く同族企業であって、有限会社という小規模の法人の網を被せたに過ぎない。

それ故、一応取締役という役員の肩書を持ったとしても全員労働及び作業に従事しており、単に投資に対する利益配分を目的とする者はいないのである。

2 前者では、五月の定期総会及び取締役会で、

イ 代表取締役Aの年間報酬を一、一〇〇万円として、七月及び一二月に各一二五万円、他の月は各八五万円づつ支給する。

ロ 専務取締役Bは年間報酬を五〇〇万円として、七月及び一二月に各七五万円、他の月は各三五万円づつ支給する、

ハ 常務取締役Cの年間報酬は三〇〇万円として、七月及び一二月に各五〇万円、他の月は各二〇万円づつ支給する、

こと等を定めており、そのとおり支給して経費として計上したところ、七月及び一二月支給分は賞与とみなして否認されたものである。

このように、予め決議で定まっていたとしても、七月と一二月の二会において、通常月よりAは一.四七倍、Bは二.一四倍、Cは二.五倍という大幅に高い給与を出すことは盆、暮の賞与とみなされる余地がないでもない(但し通常の従業員にも肩書手当、年末手当の支給は普遍化されているが)が、後者は、予め決議され、採決された範囲内で収支の実績を見込んで、一月分以降の毎月の給与を昇給したに過ぎず、その昇給額は五月以降も引続き継続され、実施されている。(ただ、一~三月分は小会社の経営上未払い給与として四月に支給したに過ぎない。)

3 前者は、判示によると「取締役会の決議に基くという形式をとり、年俸性の報酬を月割支給するものであるかの観を呈しているが、同種の支給方法をとっていた前二事業年度においては原告自らこれを報酬でなく賞与として処理していたのであり、取締役会等の決議によって給与の性質が異なるものとなったとは認められず、支給時期等を予め定めたからといって、それだけで直ちに全部が『臨時的な給与』たり得なくなるものではない」としている。

1 一審 平成元年一月二五日付 準備書面

2 同 平成元年四月二六日付 準備書面

3 同 平成元年五月三一日付 準備書面

4 同 平成元年七月一七日付 準備書面

5 同 平成二年七月三〇日付 準備書面

6 同 平成二年一二月三日付 準備書面

7 同 平成三年一月二三日付 準備書面

8 二審 平成三年一〇月二四日付 準備書面

9 同 平成四年二三日付 準備書面

10 同 平成四年六月二二日付 準備書面

(添付書類省略)

しかし、後者においては、前者が間謁的であるに対し、継続的・固定的であり、かつ、このような経理処理は従前の事業年度においても実施し、これを踏襲したに過ぎず、被告庄原税務署からも格別指摘されることもなかったので従前通り報酬(賞与ではなく)として処理したもので、この点に両者の本質的な相違がある。

4 その他にも、事案の性質内容は本件と大いに相違しているので、右判示の結論だけを本件に適用するのは不適当である。

本件を評釈した平石雄一郎氏は、

「本判決は社会通念から考えて経常性を有しない一時的な給与は賞与に該当するとしたのであるが、その判例の論理としては盆暮に通常の月より余計に支給を受ける給与は賞与であるという一般認識があり、また賞与は年に定まって支給されるものであっても、臨時的なものであると言う一般的認識があり、従って月々の固定的な額を超える部分は『経常性のない一時的なもの』と観念されている、ということを前提としているのであろう。」

としているが、それなら正に右事案と本件事案は正反対といえるものであって、これを反対解釈すれば本件こそ経常性、連続性、給与性があり、まさに報酬(賃金)と解せられるべきである。

5 この点を原判決は認識せず、昇給分を漫然と賞与と認定したのであって、明白な誤認であり違法であって、これを取消し、請求趣旨記載の通りの判決を言渡されるべきである。

四 以上第一、二点論述の要旨のほか、詳細は第一、二審で提出した左記準備書面記載のとおりであるから、これを援用し、添付する。

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